映画『日本のいちばん長い日』来場者100万人突破記念舞台挨拶 原田眞人監督、主演 役所広司さん登壇!原田監督、松坂桃李さん、田島俊弥さんら若手将校役、役者陣の頑張りを高評価!

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太平洋戦争終結の裏側に迫る 映画『日本のいちばん長い日』が、9月10日に観客動員数100万人を突破!それを受けて、14日、新宿ピカデリーにおいて、来場者100万人突破記念舞台挨拶が行われ、原田眞人監督、主演役所広司さんが登壇。感謝の挨拶と共に、観客からの質問に直接答えた。MCは、本作プロデューサー新垣弘隆さんが務めた。
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—公開34日間で来場者100万人突破を受けていかがですか?

役所広司さん
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「本当、めでたいですね。僕は、本当に中高年の方が中心に劇場に来られると思っていましたが、話に聞くと大変若い人達が観てくれたようで、とてもよかったなぁと思っています。」

原田眞人監督
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「そうですね。34日間。フェルナンド・バレンズエラ選手の背番号ですね。本当は、もうちょっと早く23日ぐらいで、カーク・ギブソンの背番号で、100万人突破して欲しかったんですけども、でも、今、本当に大人の考えさせる映画で100万人突破って難しいと思うんですよね。本当、よくここまで来れたなぁと思っています。また、こうやって新宿ピカデリーにお見えのみなさんとこうしてご挨拶できて、大変幸せに思っています。今日は本当にありがとうございます。

—ありがとうございます。それでは、早速ですが、会場からの質疑応答にまいります。ご質問のある方、挙手をお願いします。

【来場者:鈴木さん】このような機会が持てて非常にうれしく思っています。映画すばらしかったです。原田監督の映画を拝見していると、戦後、戦後の影響とか話の脈の中にはあったと思うのですが、戦争そのものを描かれているのは今回が初めてと思いますが、描かれようと思ったきっかけをお聞かせいただけますか?

原田眞人監督
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「僕が、1949年生まれなんで、戦争映画で育っているんですね。1950年代からずっと。50年代は戦争映画、西部劇が多かったので。自分の記憶の中で、一番古い映画は、『山河遥かなり』って映画なんですね。戦争孤児の話でこの間リメイクされていましたけど、ああいうものの影響というのがあって、僕自身は、最初は、連合国兵士の側なんですね。アメリカ映画観て育っているので。ですから、そういう意味でどちらサイドにもいけるといか、「戦争とは何か」「正義とか何か」、1つの国にとらわれないで見ることができるようになったというのはいいことじゃないかと思います。僕自身の中で早く戦争映画をとりたいなと。何故、撮りたいかと言うとやはり戦争映画というのは、人間のドラマとしての究極の状態ですよね。そういう極限の状況に置かれて人間がどういうような美しい行為を行うのか、あるいは憎い行為を行うのか。今回、日本のいちばん長い日で言うと、昭和天皇の最後の決断に至るプロセスというのをものすごく半藤先生の原作に惹かれたのと、これは「聖断」の方ですけども、それとやはり鈴木貫太郎首相と阿南惟幾陸軍大臣。やはり阿南惟幾さんという人は、いわゆるボー・ジェストという美しい行為があったなと、そのことをどうしても自分自身だけでやりたいというのが今回の映画化の大きな要素ですね。」

—役所さん、原田監督の作品は7作ぐらいやっていらっしゃると思いますが、他の作品に比べて今回の『日本のいちばん長い日』はいかがでしたでしょう。914_07

役所広司さん
「原田監督から、アメリカの戦争映画の話はよく聞いていました。たくさんの戦争映画観てますし、「あれが面白い」「これが面白い」って聞いてましたし、原田監督は、お金があればいくらでも戦争映画撮るんじゃないでしょうかね。」(会場笑)

原田眞人監督
「そうですね。究極的に撮りたいのは、442部隊の話です。ドウス昌代さんがブリエアの解放者たちでも書いていて、今、実際にハワイのプロデューサー達と組んで進めようとしたりはしてますけどね。第二次世界大戦中の日系人兵士の話ですね。それから日系人の収容所の話であるとか。でも、役所さんとは、映画『KAMIKAZE TAXI』が結構、実際の南米でのゲリラ達の戦争の話というのを、役所さんが演じた寒竹の過去の話として入れているので、気分は戦争映画っていうのはありますね。」

—そうですね。クランクイン前に役所さんと監督1時間ちょっとくらいですかね。わずかな時間でしたけど役所さんいっきに受け止めて、会話あんまり交わさずに、あ・うんの呼吸でやってらっしゃったのがすごく印象的でした。続いて次の方。

【来場者:安武さん】
「この映画では、昭和天皇をストレートに描かれていますけど、演出上気をつけたことがありましたら教えて下さい。」

原田眞人監督
「そうですね。『太陽』の公開で随分変わりましたよね。あの作品でイッセー尾形さんが昭和天皇をやって、あそこから自由になったって気がしてるのと、実際はその前からでしょうけどね。21世紀になって、ピューリッツァー賞をとった「昭和天皇」というハーバート・ビックスが書いた本含めて天皇批判ってのは出てきましたよね。それも自由になったひとつの表れだと思いますね。たた僕自身は、昭和天皇を敬意を持って描きたいっていうのと、それと昭和天皇が主役としてねちゃんと前面に出てくる。まぁ主役は3人、阿南さんと鈴木さんと昭和天皇という、そこのところがありましたから、あまり調子にのってそれを行き過ぎないという、その意味で皇族の周辺のところは描けないだろうなという。これは、想像ですけどね。自主規制かけてるんですね。僕らでも。安藤先生の本でも微妙にぼかしている。どこまで日本で皇室を描くことの自由な部分が来るのか。それは一本一本描いてそれで試していくしかないでしょうし、僕はこれがせいいっぱいだったんだなぁと思っています。昭和天皇に関しては、自分の中で規制はなかったのですが、その周囲には規制をかけましたね。」

—それでは、どしどし行きましょう。次の方どうぞ。

【来場者:新潟ご出身の方】
「ちょうど終戦の日、自宅の前に隣の人なんかが30人集まって、天皇の放送を聞いたんです。ところが誰も意味がわからないくて、ただ私が覚えているのは、「朕思うに」が最初に出てきたのを覚えています。そしたらそれを父が聞いて「あ、日本戦争終わったぞ」と言ったのですが、今日、映画でその終戦の日の天皇周辺の関係が出て非常に参考になりました。ありがとうございました。私はその日は、小学6年生でした。」

原田眞人監督
「大変、貴重なお話をありがとうございました。あの実際に聞こえにくかったというお話は確かみたいですけども、昭和天皇が放送に出たこと自体でも全体のムードは、負け戦だいつやめるんだってところが国民感情でしたから、話したという事自体で「負けた」ということで多くの人達が心構えとしてあったみたいですね。多分、新潟でお父様がそう言われたのは、そういう事だったと思いますね。」

【来場者:ご来場の方】
「役所さんの演技が素晴らしかったと思います。私も今の方と同じように、その日を通して今日まで生きてまいりました。長い年月を過ごしてまいりました。特に思いましたのが少年将校の態度が非常にキビキビしてものすごい態度でしたね。あのとっても印象に残りまして、涙があふれてきました。大変演技も素晴らしかったし、映画自体が大変感激しました。どうもありがとございました。」

—今、ちょうどありましたけど、色々なお客様に、感想のアンケート取ったりしたのですが、一番印象に残ったシーンというのが、役所さんの自決のところ、妻の面と向かうラストのところ、閣議で大多数がポツダム宣言に反対だと嘘をつくところ。この3点というのは、印象に残ったシーンだという意見が、すごいいっぱいありました。一方で、若い方が凄く観てたので、そういう事実を知らなかった。阿南大臣を知らなかったという事の裏返しだと思うんですけど、実際、実在の人物を演じられて、お客様にはしっかり届いていると思うのですけども役所さんいかがですか?

役所広司さん
「そうですね。今、おっしゃられた軍人さんを見てる青年の方というのは、制服を見るだけで非常に感極まるところがあると思いますね。僕も撮影中に、おっしゃったように若い少年将校の所作を見て、僕は兵隊さんを見たことはないんですけども、なんかこう彼らの所作と瞳の中にやどる国の為を思う気持ちは、役とは別にものすごい感動しましたね。なんか美しいなぁと思いました。若者達の国を守る想いといのは。それは、まったく戦争を知らない自分ですけどもそれには、ハッとしましたね。僕の阿南役を作る上で、仲間たちは非常に大切なものでしたね。」

原田眞人監督
「畑中少佐は、京都の出身なんですね。今も丹波の方におられるんですけども、その周辺の人達が、この作品を観て、前の映画だと時代も時代だったんで、岡本喜八監督自身の反戦的な考え方から、やはり決起将校達は狂気のものなんだっていう解釈があったと思うんですね。それで畑中少佐の遺族の人達は、随分反発したらしいのですが、今回のこの映画に関しては観て、実際の畑中少佐は、こういう人に近かったと、松坂桃李がやった役ですけどもそういう風に言ってもらったりとか、椎崎二郎をやった役者田島俊弥は、実際に椎崎二郎の実家を訪ねているんですね。今、和歌山に居られるという。そこで色んな話を聞いたりして、田島俊弥にしろ、松坂桃李にしろものすごく勉強して今回の役をやっていて、それが僕なんか見てて、役所さんがやっている阿南陸相とのバランスというのは、こう安心してみてられましたね。人間のドラマですから、軍人を描くというところでも、決起する将校にしてもその向こうにある人間像は何なのかをずっと考えて、ずっと若い役者達と話していたもんですからその部分がうまく出たのかなと感じています。

—最後の質問よろしいでしょうか。

【来場者:ご来場の方】
「本当に今日観てよかったなぁと思いました。幸か不幸か戦後生まれなんですけども、あぁ、あの日はそういうことがあったんだと知ることができて本当に感動致しました。ひとつひとつの場面がリアルで映画でないような思いで観させていただきました。ひとつあの「狂った人がかけると・・・」そういう額がありましたよね。」

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原田眞人監督
「清巌宗謂の額ですね。(『狂人走不狂人』)」

【来場者:ご来場の方】
「阿南大臣の部屋だったかな。」

原田眞人監督
「阿南陸相の部屋に飾ってあるんですが、実際にはあそこにあったのではなくて、別の場所に額があった時にそれを見て、東条英機が結構自分の事言われてるみたいに思って、それでカーッとなって怒鳴りだしたという話があるんですね。阿南さんと東条さんはものすごく仲が悪かったんですよ。阿南さんも嫌っていたし、東条さんも嫌っていた。阿南さんが東条さんの部屋を継いで、その間に1人いますけど、ああいう風にするとしたら戒めの為にああいう額を置いていいのかなと思って、それで置きました。」

【来場者:ご来場の方】
「なるほどわかりました。非常に言葉が今のどの社会、世界にも当てはまるんじゃないかなと思って。」

原田眞人監督
「それは今の政権に対して言ってるとしたら・・・。」(会場笑)

【来場者:ご来場の方】
「いやいや、そうじゃなくて。まぁ、色々な面で。ありがとうございました。(笑)」

原田眞人監督
「今の僕が言ったんじゃなくて、お客さんが言ったんですからね。」(会場爆笑)

—それでは、一言づつ最後の挨拶をお願いします。

役所広司さん
「今日は、お忙しい中ありがとうございます。おかげさまで100万人を突破して、松竹の宣伝費も底をついてしまったので、プロデューサーの新垣さんがテレビ朝日の女子アナに代わって下さいまして(会場笑)、これからも本当にこの映画を一人でもたくさんの方に観ていただいて、語り継いでいただきたい映画だと思います。まだまだ、上映されていますので、まだまだ色んな人にすすめて下さい。本日はありがうございました。」

原田眞人監督
「今、これ、香港でやってます。まだ、評判聞いていていませんが、評論家方たちはすごく褒めてくれてたそうなんです。理由はどうだかわかりません。来月はシカゴの映画祭でやります。その後は、ハワイでもやります。その後は、アメリカ本土を含めての反応ですね。やはり昭和天皇は前面に出てると、喉になんかまだひっかかったようなものがあるし、英語のウィキペディアでは、昭和天皇のあることないこと捻じ曲げられたところあります。そういうところに行って、こういう映画を出して事実はこうなんだよって言うことは非常に意義のあることだと思うので、これがどんどん世界に広がって、また世界の評判が日本にかえってきて、日本でも数字が上がってきたらいいなと思います。やっと100万人超えたのに、200万人の話をするのも馬鹿みたいですが、DVDの売れ行きも目指して、200万人突破を目指してこれからも頑張りたいと思います。よろしくお願いします。」

映画鑑賞直後の観客席からは質問にだけにとどまらず原田監督、役所広司さんへの作品に対する賛辞、感謝も熱く語られ、本作品の与える社会的影響力の大きさを垣間見せるイベントとなった。

映画『日本のいちばん長い日』は全国公開中!
詳細は、公式サイトへ
http://nihon-ichi.jp/

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